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母、

母が、おかしい、認知症かもと知ったのは、我が家ではまず夫だった。

何度聞こえないと言ってもしつこく愚痴を聞いてもらう電話をかけてきていたが
聞こえないレベルが、父が老人性難聴になって、やっと分かってもらえたようだ、

補聴器付けていても、聞き取れないという事が、なかなか分かってもらえなかった。
実家に行くと弟やお嫁さんと筆談、

それでも時々電話かけてきた、聞き取れないから夫が居れば代わってもらう、
夫は、娘と話したいんだろうぐらいに思っていた、よく分かっていなかった、
繰り返し同じことを言う、支離滅裂になってくる。
その状態に遭遇して、驚いて、「お義母さん、ぼけたようだ」と言って心配した。


実は弟にお嫁さんが来てから、実家は、汚くなって、
行っても 夫は家の中にいる時間が10分足らず
外に出てしまう、
私はただ我慢して、年に一度ぐらいほんの短時間だけしか行かなくなった。
そういう状態だから、母の状態を知らなかったが、電話を代わってから驚いたようだ。


母と父が心配だからたまに誰もいかないようなときに行っていた、
年に2,3回に増えた。気になると行くと言う形、知らせず突然行く。

でも、お嫁さんの作るものは喉を通らない、
娘が小さいころは、食器類を洗い直して、日光消毒もした。
それでも、娘は匂いや汚れに敏感だから何も食べない。
私が作って食べさせるが、食材もなんだかなと言う感じで、
娘が行かなくなってからは私と夫が行く時は、
途中で高速のサービスエリアなどでお蕎麦やコンビニのお弁当など食べてから、昼食時にかからないようにしていく、
長居したくないから、おトイレも使いたくないから早々に引き揚げて、車で、遠くのコンビニでおトイレを借りたり、
夫の実家や、夫の姉たちにの家によって、くつろいで帰る、そういうパターンになった。

お嫁さんが来てから一気に、ぽっちゃりしていた母の体は激やせ、
38kgぐらいになった、そのまま増える事が無かった。

母が風邪で寝込んでも、お粥さえ作ってくれないと怒って電話してきたこともあった。

とうのお嫁さんはというと、何を説明しても、易しく諭しても、返事だけは良い
「はい、そうですね」と、でも、馬耳東風、
言うだけ無駄だった、
いろいろプレゼントしたりもした、両親に良くしてほしかったから、
それらは、自分の姉や母親に持って行ってしまっていると知ってプレゼントを辞めた。

元々、母は、子供のころからの育った環境と辛い体験から、お金に執着する人だった、
お金を貯める事イコール幸せ、立派と言う考え、
自慢、どれだけやりくり上手にしたか、自分が酷い扱いを受けて育ったから、「見返してやる」と言う気持ちが強くて、恨みと見栄、そして金、金、金、
だから、私とは思春期の頃から衝突していた。

女の子なんて嫁に行くだけだから上の学校に行く必要ないと言う考えだった、
結婚の費用も自分で作れと言われて育ったのでそのようにした、
でも全て自分が出したかのように自慢していた。
見栄で、夫婦二人の家族なのに、自分で用意した布団類の他に、4組もの布団を持たされた。
夫もいっぱい持っていたのに、「置くところがあるからいいだろう」と言う。
誰が使うの?親戚が泊まりに来たのはそんなに多くないし多勢では来ないから、
使っていない布団が多かった、ここに引っ越す時全部処分しました。
欲しいと言った千葉の茂原の友人に車に詰めるだけ積んで持って行ったこともあった。
多けりゃいいと言うもんじゃないし、あれはいくらこれはいくらと言って請求され予定外の出費に癖英した。
和服も作ってやったと言うが全部自分で支払いしましたよ請求するから。

当時まだ田舎では少し前までは中卒も多かったので、高校に行かせる気が無くていた、
先生と説得して、先生がいろいろ方法を考えてくれて、
何とか頑張って、行かせてもらったが、大学はもちろんNGだった。
進学出来ない高校に行かせようとしたが、先生の説得で、お金のことを言うから、
バス賃が一番安いのはどこと言って当時一番近い、進学校に行けたが、進学コースは選択させてもらえなかった。
大学に行かせたい高校の先生が二人、学費の援助を申し出てくれたが、母は私に聞くこともしないで断っていた。
他人の世話になる気は無かったら、私も断っただろうが。

結婚してから、どこの誰は親に何を買ってくれたとか、お前は・・と比較する話ばっかり、
お金持ちじゃない私の生活を、なじるようなことさえ言う。
「遊んでいる」といつも言われていた。
内職なんかするんじゃないとまで言った、もうからないから勤めろと言う意味だった。

夫の母は勤める事も仕事をすることもにも反対だった。
やりたいことをしなさい、人生を楽しみなさいと言う薦めだった。
現実主義の拝金主義の母にうんざりしていた私の思いを分かってくれていた人だった。
とてもかわいがってくださり、実の娘たちより好きだと言ってくれた。
お互い一緒に暮らしたかったが、長男の手前遠慮した。
最後に入院していた時は、娘や嫁たちが疲れすぎて倒れたりしていて、
麦の収穫が出来ないと聞いたので、3歳の娘を実家に預けて、
病院に泊まりこんで看病した。
娘たちに遠慮して頼めなかった事も私には頼んだ、真夏で汗を拭いてほしかったと言う、
皆は顔だけしか拭かなかった、
頼んでも怖がったり、汚いから嫌だとさえ言われたと言う、
医師の許可を得て、全身をぬるま湯で洗うように拭いた、とても喜んでくれた。

私の体が弱い事を知って、夫を紹介してくれた人は、私が働かなくてもいい人を選んだそうだ。

夫の母は私と似た考えだったので一緒にいても楽しかった、とても仲良かった。

実家の母とは一日一緒にいたら、母の言葉に私が傷ついてパンクする、ストレスでボロボロになる。
私の性格は誰に似たのだろう、、
母のあの、強欲さについていけない、似なくてよかったといつも思う。

自分が正しいと思い込んでいる、どんな間違ったことも平気で堂々という、
その一つに、
いったいどこで仕入れた知識だ?と思うのがあった。

母「男と女の双子は一番相性がいいから、結婚したらうまくいく」
例えではなく本気で言っていると分かったので、
私「兄弟は結婚できないんだよ」
母「いや、双子は出来る」
私「法律で出来ない、遺伝の問題もあって駄目だよ」
母「双子は特別大丈夫だ」
私「そんなばかな・・」(言うだけ無駄だと辞める)

聡明な人だったのだが、ろくに小学校も卒業していない母だが、
何かで資格試験を受けると、短時間の講習などで完璧に理解して、最高点で合格してしまう、でも、どこか間違った情報がインプットされたのがあって、
それはどんなに正されても認めようとしない、年と共に頑固さは増した。

物欲は異常なほど、すぐに必要ない物、たぶん永久に使わないものさえ、
欲しい、ほしい、くれ、くれ、仕舞には駄々っ子のようにさえなった。
父が会社の旅行で母と私(中学の頃)にスカーフを買ってきたとき、私にとくれたものが、気に入って
そっちが良いと引っ張った、もう片方は地味だから私だっていらない。
私の手から無理やり引っ張って、破けた。
驚いた私と、父、それ以降、父は、私には母に隠れて渡す、目立たない小さなアクセサリーとかを。
昨年入院していた母の見舞いに行ったら、私の着ていたプリーツ素材のジャケットを、
「それいいな、素敵だな、置いて行かないか」という、
「ごめんね、サイズもまるで合わないよ、ぶかぶかだよ」と言っても
「いやきつくなければ着られる」と言う
「これはスカートやインナーとセットだから、ジャケットだけ着て来たが、あげるわけにいなないんだよ」と断った、
今までは、ほしいと言うものはあげていたが、9号でも大きい人が13号ぐらいの貰っても着ないだろうし、
着きれない程衣類は持っている人です。
先日は物欲が消えた?多彩な趣味持ちなので母が喜ぶものを持って来たと言ったら、物置に沢山あるから要らないと言った、
初めて聞いた「いらない」
欲があるうちは大丈夫だねと、ジャケットねだられたとき夫と話したが、
欲が消えた、、確かの今の状態は危ないかも、

〇〇にはあれしてやった、これしてやった、と自慢ばっかりする、それが嫌だった。

私は、子供のころから体が悪い所ばっかりで、病院通いが絶えない、
一時歩けないようになった時も、お金がかかると言われた、
「痛い痛いって言って治るなら、言って泣いていろ、きかぁくだ(聞くのが苦痛だ)」と言い捨てる、
小学生の時から朝の食事を作ってお弁当を作るのが私の役目だった、
どんなに辛くても、這ってでもやらされた、倒れない限り許されなかった、
熱があってもやらされた、母は鬼だと思った。
母は怪我で長期入院していたから、家事は小学三年の時から私になったが、
退院してきても、やろうとしなかった。出来ないのではなく、やらない人になっていた。
私が具合が悪いと言っても、寝ている、自分の気が向いて調子のいい時は山菜狩りに行ってしまう。
時々母の思う通りにならないから罵声された、なんて親だとがっかりした。

二番目の弟と私が耳が悪い事についても、原因は違う事でなっているのに、
「どうして私の子供ばっかり」と嘆いた、
まるで悪い何かをしての報いのように言われた。
罰が当たっていると言う、
人間はいつだれがどうなっても仕方ないんだよ、偶然なんだよ、防げない事があるんだよ、
いくら言っても分かってもらえない、
脳腫瘍の時にも、凄い反応だった、
だから、夫はもう知らせなくていいと言うようになった。
杖が必要な時に実家に行ったら、夫が杖は車に隠しておくようにと言った。
車をのぞきこまれて、見つかった、
「なんだ、誰が使うんだ!」と、、説明したら「まったく!」と吐き捨てるように言われた。帰り情けなくて泣いた。
実家にめったに帰りたがらない娘なのはこういうことがあるからだ。
兄弟達には会いたいが、、、

そんな親でも、弱れば心配だ。

入院している今の状態は家にいるより安全だと思う、
お金に執着する分、保険などもしっかり入っているはずだから、
以前言っていたので、費用の心配はないと思う。

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roserose

Author:roserose
聴覚障害による身体障がい者です。
メニエールと言う病気の後遺症で難聴になり、
重度難聴用の補聴器使用でも聞き取りは困難で音は聞こえても言葉は不明瞭で会話が難しくなりました。
手話歴10年超 日常の大半は手話ができる人たちとの交流です。

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