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母と私の衣類事情

日曜日に実家に行った時の事を思い出した。

わざと普段着で行った、最近はこうしている。
母には、私が来ている物が良く見えるらしくてすぐに「それは高かっただろう」とか始まるからうんざりする。
若かった頃の母は貧しいながらもかなりおしゃれだった。
美容院も町で腕が良くて高いと言われている所で先生を指名していた。
勤めている時にも大半の人が会社の制服で通勤するが
母は必ず私服でした、きちんとした物を来ていました。
たまにオーダーで洋服を作っていた、
安いという人に頼んだワンピースがファスナー付けが変で高校生だった私がつけなおした事があります。
安いが腕はただパーツを合わせただけという粗末な仕立てのそこは一回で懲りたようです、
普通科の高校に通う娘の縫ったファスナーの方が綺麗に付いていたのですから分かりますね、
母は呉服屋さんに頼まれて和裁を少しする人でしたので、
まったくの素人ではないですからがっかりしたと思います。

時々洋服の会社(メーカー)をしていた親戚から送られてきた私宛の服が
自分でも着られそうな物は奪うようにして取りました。
スカーフなどが入っていると母用に地味な物と私用にかわいい物があっても
気に入ったのが若い人向けでも遠慮なくまず自分が取ります。
私が持っている物を無理やり引っ張って破れた事もあります。
大人気ないと私の方が驚いて好きな物を先に取らせました。

その性格が今も変わっていません。

今回も普段着だが少し凝ったデザインのセーターを着ていたら
「それはいくらしたの、今度買ってきて」と言われました
買った場所など覚えていません、安かったと思いますが、、
「去年買ったので同じ物は無いと思うし買った所は覚えていない」と言ったが
「それと同じで無くても良い、そんな感じの物が欲しい」という
70過ぎの人に似合うデザインではないのだが、、

毎回こういうことがあるのでおしゃれな物を着て行くのを止めたのです。

時々品のよい服を買ってプレゼントしていたが、
買ってあげれば「こんな物を田舎では着られない」とか「勿体無い」と言ってしまいこんで着ないのです。
それなのに私が着ている物には反応する、
よほど脱いで置いてこようかと思ったが、裸で帰れないですから、、

『隣の芝生は青い』と言う現象のような感じです。

その母の思考回路が昔から理解出来ない私です。
人が持っている物を欲しがらないように育てていながら自分は、、です。

私は子供の頃から「人と同じ」と言うのが嫌いでした。
違う事の方を好んで、変わったファッションをしていて、それが何故か
回りに影響を与えて同じ格好をする人が出てくると私はそれを止める、
それで隣のおばあちゃんが怒って来た事があります、
「うちの孫(同級生)が欲しがるから変わった物を着せないでくれ」と言って
それに対して祖母は「うちで買ってあげていない、体操着以外は全部親戚で買ってくれているから文句を言うなら着て欲しい物を買ってきたらいい」と言いました、凄い!とその論法に感心したので覚えています。
例えば私がスリムなレモンイエローのショートパンツを履いてブラウスにベストで学校行くと、
カラーのシュートパンツは地元では売っていなくて、それでもちょっとダブダブする体操着の白のショートパンツで通学する人が増えました。
ホットパンツと言うのが流行る少し前でした。かなり変わった子供でした。

母が入院していて事もあって4人姉弟の長女で下は男の子だけなので、私の服を親戚が応援してくれて、男の子の服だけを買いなさいと言うことになって、
親戚中が私より2歳以上歳上の女の子と言うこともあり女の子の洋服のお譲りを東京都から北海道までの親戚から着きれないほど頂いて、さらに新品の服も送ってくるのですから一人では着きれない量でした
北海道のメーカーからは新作の品がシーズンごとに大きな箱で当時丸通の鉄道便で来ました。
良い物を着せられて育ちましたので着る物だけで凄いお金持ちのお嬢さんと思われていました。
田舎で冬は女の子もスラックスなのに一人だけタイツを履いてウールのワンピースでした。
スラックスは雪の時と風邪を引いた時に履かされました、新品の服が沢山あるからお譲りを着る事はほとんどなかったです。
私が着ない物は別の親戚にあげていました。
小学6年の頃には、気に入ったものは小さくなったら自分でリフォームしたりしました、ワンピースからスカートを作ったり、スカートからレッスンバックを作ったりと。
母がいないからこう言う事をしても誰も怒らなかったので出来たのです。

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プロフィール

roserose

Author:roserose
聴覚障害による身体障がい者です。
メニエールと言う病気の後遺症で難聴になり、
重度難聴用の補聴器使用でも聞き取りは困難で音は聞こえても言葉は不明瞭で会話が難しくなりました。
手話歴10年超 日常の大半は手話ができる人たちとの交流です。

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