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思えばこの首は、

独身の時に勤めていた職場は、
小さな町の中では大き目のお店でした。
その二階のカウンターレジを担当していて、
12月12日、暮れの忙しくなる前にと
板張りの床に、埃が上がらないように油性のワックスが塗られていた。
何時もなら濡れた油をその後ふき取っていたはずだが、店長不在だったから手抜きした店長代理
塗ったばかりの日、合皮ではなく、その日の私の靴は革のハイヒールで、店内を歩き回って仕事していた。
靴は底も革だったから、油分を吸っていた、
そんなことは思いもよらず、仕事を終えて、レジの集計をして、事務所に向かう。
事務所で店舗内の全部のレジの記録紙(ジャーナルと呼んでいた)と伝票をチェックするのが私の仕事でした。
売り場の裏側に位置する、荷物を搬入したり従業員が行き来する踊り場の無い鉄板のエンボスの階段に向かう
住宅の階段と比べると、二階の高さはかなりあるから急で長い、踊り場のない一直線のその階段に足をかけてすぐ、
上から2段目で、滑った。
咄嗟に、「落ちる!」と思ったと同時に、ジャーナルを汚したら大変、本社のコンピューターが読み取れないと思った、
もう片方の手には日付のゴム印が入った木の箱を持っていた、手放したら、ゴム印がバラバラになる。
咄嗟の思考は自分の命を守ることを忘れてた。
その二つを手放せなかったために手すりにつかまらないどこにも捕まらず全身を打ち付けながら転がり落ちた。

落ちていく時に下に台車が見えた、ぶつかると思った。
髪の毛が触れたが、頭は台車にぶつけなかった。

どうにか立ち上がって、事務所によろよろと行く、机に座って自分の作業を始めるが、
脳震盪を起こした。

私が休みの日に作業を代わる同僚が店長代理に言われて交代した。

その日は店長不在の日だった、
とんでもない悪さを繰り返す、要注意の店長代理が言った「見ていたが、階段の下から二段目から落ちた」と
事を大きくしたくないための発言だった。

私の顔は、真っ青だったらしい(後からその場にいた人たちに言われた)
歩けない、店長代理が「送って行く」と言うので、店から近い「かかりつけの整形外科と内科をしている大木病院に連れて行ってください」と言ったら、車に乗るように促された。
乗って気絶していた。
「着いたよ」と言われて、見るとそこは自宅だった。
車から降りたら逃げる様にして店長代理は行ってしまった。

玄関のドア(引き戸)を開けたが、倒れた。
母がドアの空く気配で、玄関に来て私が倒れているのを見つけた
どうしたか聞かれて、話したが、我が家に車は無い時代だった、バス停が近いから不自由はなかった。
病院に近所の親せきの人に頼んで、運ばれた。

医師に言われた「酷過ぎる、明日まで放って置いたら死んでいたかもしれない」と
そして下から2段目で全身打撲になるはずがないと怒っていた。
その日から会社を休んだ、行けるわけがない、
20日過ぎに会社に寄った、店長の次に大量にクリスマスケーキの予約を取っていたので、店に来る客と私の近所は私の家に取りに来ることになっていたから、その詳細の手配の為だった。

その時に店長に言われた
「そういうのは本人が痛いと言えばいつまでも痛い、これから暮れの商戦で、あなたがいないと大変だ」と
医師にはまだ無理と言われていたが、責任感からクリスマスが過ぎたころから復帰した、
無理だった、休みは1月1日だけ、しかも、体の楽なカウンターレジを違う人にやらせて、タッチが早いからと、激混みの食糧売り場のレジをさせられた、
毎年機種の違うレジを年末年始の時の入れて、それをみんなが講習受けたはずが、使いこなせるのは私だけだった、
キーが固くてすごく疲れる、それをその年も私にとなった、使える人がいないから仕方ないのだが。
1月1日は激しい頭痛と吐き気で、病院もやっていないから、自宅で七転八倒していた。

昼休みに通院していたが、カウンターレジを私の代わりにしていた同僚が恋人に会いに行きたくて、
私の通院の時間にさっさと出掛けてしまい、そのレジに居なければならず通院できず、しかも遅れてきたから昼食も取れず、
会社は遅れて戻ったことに怒って、昼休みが外出禁止になった、通院も認めないと。
脳波に異常が出ていて、しっかり治療しなければならないからだが、定休日の通院だけになる。

その時に医師に言われた、後から出ると。

結婚して、出産後、子供が3か月の時に、首が回せなくなった、
こちらの整形外科で言われたのは、前に首に大怪我していますね、その後遺症ですって。
その後時々首に激痛、通院、それを何年も繰り返した。

何処で治療しても、治っても、すっきりしない、すぐにぶり返す、
そんな時に通りがかった近くの接骨院に飛び込んでみた、
整形外科と違う治療方法で治った!

それから何年もたって、その場所は中学校になって、
初めての追突事故に遭って、後遺症の認定されてまともに歩けなくなり、数年後また追突されて、
今度の市立病院の整形外科の医師は顔も見ないで、レントゲンだけ見て話す、湿布だけ出されて、
湿布貼ると激痛で途方に暮れていた、相手の保険会社から連絡が来て
正直に状態と医師の対応を話すと、どこでもいいから行って治療してくださいと言われた、
それで思い出した接骨院、あの建物は無いが近くにいると直感で、探して前の場所から700mぐらいの所に見つけた。
事故だと一言も言う前に「立って」と言って立っている周りを歩いて観察して、「こっちからぶつけられたね」と言った、
そして歩行困難で後遺症認定されていた前の症状も直してくれた。

そして今回またお世話ななっています。

数年前に頚椎ヘルニアで大変だった時には行かなかった。

40年以上も首にご難続きです。文字通り、首がネックです。
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プロフィール

roserose

Author:roserose
聴覚障害による身体障がい者です。
メニエールと言う病気の後遺症で難聴になり、
重度難聴用の補聴器使用でも聞き取りは困難で音は聞こえても言葉は不明瞭で会話が難しくなりました。
手話歴10年超 日常の大半は手話ができる人たちとの交流です。

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